魅力あるユーザー体験を作るには、それを使う人たちを深く理解する必要があるが、これは調査によって理解する。調査の多くはスタッフをただ忙しくするだけのものだが、よく考えられた調査は感動的な体験を作り出すのに役立つ。
調査を行う目的は、アイディアを生み出すこととアイディアを評価することの2つである。噛み砕いて言うと、「作るべきものは何か」、「どうやって作ったら良いか」、「どうすれば人は気にかけてくれるか」について明らかにするということである。
調査は、理論や仮説を実証するためにあるのでは無いことは肝に命じておく必要がある。優れたデザインを可能にするための制約と機会を明らかにするために行うものである。得られた洞察と共感が相まってアイデアの源となり、さらにそのアイデアを評価するための基準となる。
定量調査は、傾向を把握し、今「何が」起きているかをみるのに役立つ。手法によってはものごとがどのように起きているかの洞察を与えてくれるものもあるが、「なぜか」はわからない。企業にて行われる市場調査などは商品がどうあるべきかよりも、何を言いたいかに焦点を合わせがちである。
調査から得られた数値を解釈するには、そこに働いてる仕組みを知らなければ数値変動の良し悪しを判断することができない。その解釈に必要な情報は、定性的および文脈的な調査手法によって得ることができる。これらは仕組みを見つけ、それが「なぜ」起きているのかを明らかにすることを目的としている。定性的手法と文脈的手法の範囲は非常に膨大であるが両方の共通点を見ることでおおよその要領が掴めるだろう。実はこうした手法の多くが、共感を作り出すのにも適している。
定性調査では結果よりもプロセスに焦点をあてる。「何が」、「どこで」、「いつ」ではなく、「どうやって」、「なぜ」に焦点をあてる。どうやって、なぜといった質問が中心のため、調査を行う人は多くの時間を人と話すことに時間を費やす必要がある。また、ほぼあらゆる調査手法に何らかのインタビューが含まれているが、その際にする質問や動作について調査者間で厳密に統一させることや完全な台本を作る必要はない。
むしろ会話をする中で予想外の方向に向くことによって体験についての物語を引き出すことができる。
定性調査はその多くが文脈的である。つまり人の住居や職場、遊び場所の空間など状況の違いが最重要になる。定性調査は定量的なアプローチと比べ予想外のことを見つけることがはるかに得意である。この予想外の発見が独創的なアイデアの源となる。
調査の効果が思うように上がらない場合の特徴
調査の効果が思うように上がらない場合の特徴として、次の項目のなかで一つでも当てはまる場合、共通した原因があることが多い。
- 顧客相手に同じ誤りを繰り返す
- 製品の機能も有用性も完璧、しかし売上も利用数も伸びない
- 製品の改善はあっても、革新がない
- 山ほどの報告書があるが、何が書いてあるのか誰にもわからない
- 調査チームは忙しくて金も使っているが、製品が大成功する様子はない
- 製品のマーケティングもポジショニングもすばらしいが、結局出荷にいたらない
調査の効果が思うように上がらない原因
①隔離された調査
多くの組織において、調査は他のデザイン・開発プロセスから位置的にも組織的にも離れたところにある部門などで行われる。そしてその調査によって得られた洞察が組織全体に行き渡ることはなく、組織のほかの人に真の共感が生まれるチャンスがほとんどない。調査レポートが渡された後、そのレポートは一度読んだら棚に放り込まれ、その後の開発プロセスに使われることはなく当然効果はあがらない。
②まとまっていないレポート
調査報告書というのは、大抵数十センチにもなるほど分厚く、調査結果をまとめておくものとして効果的ではない。デザイン調査に求められるのは、明確な方向性を呼び起こし、指し示すことであり、それらの調査の結果を共有する媒介は人を引きつける魅力と力強さがなくてはならない。洞察を与えるだけでなく、共感を促すものでなくてはならない。
調査報告書の価値は、ファイルの厚さに反比例する。
ウィルキンスの法則 – Todd Wilkens
③市場調査に頼りきっている
市場調査とは市場または潜在市場を理解することに重点を置いた調査であるが、多く場合に焦点が、消費者の反響を得るためのストーリとアイデアを発見することだけに向けられている。優れたマーケティングと広告は成功のために重要な項目の一つではあるが、最終的に企業が行なっていることは、製品やサービスを作って売ることである。本質は、良い製品やサービスを作ることにあり、デザインに関する調査は市場調査と根本的にプロセスが異なる。
要するに、マーケティングの調査の長所を活かすことは重要で、限界を打破するためにも役立たせると良いが、それだけでは不十分であるということだ。
真に効果的な顧客調査は、従来型のマーケティングアプローチとデザインアプローチの両方を使うことである。
調査を効果的に行う基本原則2つ
①調査が「組織コンピテンシー」として扱われる
一貫性のある体験を提供するためには、調査を個人やグループ、部門などの仕事としてではなく、組織コンピテンシーとして扱うべきである。
コンピテンシーとは職務や役割において優秀な成果を発揮する行動特性のことで、社内の人材育成や評価基準などに活用される。つまり、調査を成果をもたらす組織行動特性(専門知識や技術、ノウハウ、基礎能力など)として位置付けることである。さらに噛み砕くと、何が社員を「仕事のできる社員」にしているのかという基準の一つに「調査」に関する能力を含めるということである。
結局のところサービスを作るのは調査員ではなく、組織全体であるので調査で得た洞察を調査を行なった部門にとどめておくことなく組織全体に伝えることがきわめて重要である。
体験中心の製品が成功するかどうかは、共にユーザーを理解し、体験への視点を共有している人たち全員にかかっており、デザインチームはこのことを組織全体に伝えるという重大な責任がある。
②調査結果が実行可能かつ永続的である
実行に移せない調査は、当然開発する製品やサービスに大した影響を与えることはない。さらに、永続性のない調査によって得られた洞察などは調査報告会議後に残らず、次回行う調査などで顧客に何度も同じことを学ぶはめになる。この実行性と永続性を持たせる方法については後述する。
調査を効果的に行う手法:混成方式
定性調査の重要性について見てきたが、定性調査はそれだけでも不十分であり、最適なのは定性調査と定量調査を組み合わせることであり、これを混成方式と呼んでいる。定性・定量調査はいずれも単独では混成方式ほど広範囲にわたる洞察やデザインの発想は得られない。ここで、Adaptive Path社が多くのプロジェクトに用いて成功したアプローチを紹介する。
「市場細分化をインタビューやフィールド調査と組み合わせることによって顧客の全体像がよく見えてくる。」
自社で行なった調査データもくしは調査会社から購入したデータの定量分析に基づいて行われた市場細分化によって作られたセグメントは、人口統計情報だけでなく基本的な行動も捉えており、特に購買とメディア消費に関する行動がよく表れている。元になる母集団も大きく、安心してこのパターンをインタビューやエスノグラフィなどの定性調査を計画する出発点として使うことができる。
元からあった定性調査から始めることもあれば調査票を作ることもある。この混成方式には定性調査によって顧客との関係の理解が深まった後に調査のデータを精査すると、観察された行動や態度がどれほど一般的であるかを調べられるというメリットもある。
調査をデザインプロセスに組み入れる
開発のプロセスに調査を組み入れることは効果的な戦略である。まずデザインチームによる調査を信用してもらう必要があり、そのためにプロセスに巻き込むことで調査結果の出所を明確にし信用を得ることができる。これは調査を組織コンピテンシーにするために最適な方法である。
また、定性調査では「そこに居る」ことがプロセスの一環として必要不可欠である。顧客に何が起きているかを実際に目の当たりにすることで顧客への真の理解・共感を得ることができる。共感を生むためには最も確実な方法と言える。報告書やビデオでも共有することは可能であるが、同じ場所に居ることは明瞭なコミュニケーションが可能となる。
調査をデザインプロセスに組み入れることで共感が生まれることとなり、これが永続性と行動性を高める。
デザインプロセスに組み入れるその度合いについては、組織によってさまざまであるが、その度合いがどんなわずかでも役に立つ。デザインプロセスを組み入れる度合いを示した図が下記である。

バックグラウンド・プロセス
左端のバックグラウンド・プロセスとは例えば、「人間と習慣(People and Practices)」というグループを作り、研究開発部門に社会科学者を雇うなどである。これはIntel社の事例であり、同社は組織を改変し調査を会社の取り組みの中心に置き、あらゆるプロジェクトで社会科学者とデザイナーが密に連携しながら仕事をしている。
全員がフィールドへ行く
一方右端はAdaptive Path社が行なっていることでもある、調査への「全員参加」である。組織のあらゆる部分の人たちが、フィールド調査・分析作業・調査結果の共有などに参加する。
配給
中心部分の配給は、他の部門に行きプレゼンテーションを行うことによって調査結果や物語を共有することを意味する。
同じ部屋に席がある
同じ部屋に席を設けることも効果的であり、サムスン社は調査員とデザイナーを意識的に同じ部屋に席を設けた結果、協働作業の機会が生まれ非常に密に連携することとなった。
効果的な調査の後は本当に役立つアウトプットを残すこと
調査への全員参加が重要だと述べたが、社内の重要人物になるほど最小限の関わりすら不可能ということも往往にしてある。巻き込めない場合調査の過程で作られたアウトプットと成果物を完璧にするほかない。そうした場合、次の3点を重要な特徴として留意する良い。
- 明瞭で無駄がなくわかりやすい
- 読む人を魅了する
- 背景にある物語を伝える
成果物で人を引きつけるのに特に効果的なのは、ペルソナを使うことである。ペルソナは顧客やユーザーの典型であり、代理として振る舞うことができる。
アウトプットにペルソナを用いることの有用性
ペルソナを作ることは目新しい手法でもなく軽視されることもあるが、よく考えられたペルソナは、洞察を伝え共感を誘うのに効果的な方法である。
効果的なペルソナはエスノグラフィ的な調査から生まれるものであり、統計データや市場セグメント、顧客に対する直感などからは生まれない。そしてペルソナはリアルで完全かつ具体的でなくてはならない。グループやプロフィール、ステレオタイプなどではなく、それぞれに一個人としての名前をつける。
ペルソナは、わかりやすくするためにほぼ1ページに収まるように作り、名前や写真、鍵となる行動と動機付けなども含める。このペルソナが現実の問題を抱えており、これが人を引きつける。よく出来たペルソナは、実際に調査に協力した人の言った言葉を混じえながらも、自分の言葉で自らを語る。また、調査チームやデザインチーム以外の従業員にも奥深い影響を与え遠大な効果を持つこともある。ペルソナはリアルに感じられ、人間的な繋がりを作ることができるため効果的であり企業の進化に結びつく。
尚、この段階におけるアウトプットは洞察と共感を共有するための方法のほんの一部分にすぎず、ペルソナも単体では役に立たない。さらにみんなの協力によって広く共有されて初めて効果が発揮されるものであり、調査を融合するための努力を惜しまない組織によって最も力を発揮する。
所感
テキスト部分においても調査の重要性については触れてきたが、経験に基づいていることもあり、よりリアルに調査の重要性の理解を深めるのに役立った。テキスト部分においては性質上、網羅的になってしまっているおり、ここで取り上げられていることはその中でも重要なこととして捉えて良いだろう。
文脈の重要性や組織が一丸となってユーザーと向き合うことはやはり最重要項目となる。これまで当サイトでは述べられていない内容として、調査を組織コンピテンシーとして扱うことや実行可能且つ永続的な調査結果を得ることなどは、一朝一夕で簡単に実践することは難しいが重要な課題となることがわかった。
また、融合レベルも様々あり、組織の特性をよく理解した上で、適切な距離感を保ちながら工夫して行うことが大切だと感じた。急に近づきすぎることや相手のことを考えず時間を取ってしまうことは避けながらあくまで良い関係の上で成り立つよう工夫したい。
調査結果レポートのクオリティについても非常に共感でき、組織が大きいほど、どうしたら読む人への負担を減らし、さらには魅了することができるかについて徹底的に詰めることが重要だと感じるとともにデザイナーの腕の見せ所でもあると感じた。
こうした取り組みは、あくまでユーザーへの体験をデザインするためのプロセスであるが、組織全体の協力を得ることが不可欠のため、組織内のノン・デザイナーの方の開発体験をデザインすることも重要だと感じた。(ノン・デザイナーの方に分厚い調査レポートをただ渡すことは、ノン・デザイナーにとって良い体験とは言えない。)
これまでUXデザインにおける中心的概念として、ユーザーのためのデザイン(Designing for Users)を軸としながらビジネスにおける要求を満たすデザイン(Designing for Company)が重要であると述べてきたが、そこに組織を巻き込むためのプロセスのデザイン(Designing Process for team)も含めても良いかもしれない。
UXデザインにおける中心的概念:
Designing for Users, Designing for Company, Designing Process for team.
本記事のまとめ
- 定性調査と定量調査はどちらだけに頼るでもなく両方ともを効果的に用いいること。
- 調査を開発するプロセスに組み入れ、調査によるユーザー理解・共感は開発を行うチームみんなで行うこと。
- レポートはわかりやすく、簡潔に、見る人を惹きつけられるようにまとめること。
- レポートにおいても、ユーザー中心デザインの軸を作るためにもペルソナは有用であること
Peter Merholzら (2008), SUBJECT TO CHANGE, オライリー・ジャパン